最近の傾向なのだろうか。日本を代表する企業であっても、若者の仕事に情熱や誠意が感じられない場面がある。ある自動車メーカーの販社では、若い担当者が全く仕事をこなせない。言い訳が多く、新車の見積りが出るまでに1年を要し、修理の問い合わせも二度三度と催促してようやく返答がある。上司にクレームを伝えても、部下をかばうあまり感情的な対応をされた。また、青い飲料自販機の販社でも、営業担当は話を聞かず一方的に自社の都合を押し付けてくる。交渉は難しいと判断し、業界一位の赤い自販機へ切り替えた。自宅の火災保険の切り替えでは、家内が電話対応の段取りの悪さに立腹したが、上司へのクレームではなく、別の保険会社への切り替えをアドバイスした。このような人たちを、いわゆるZ世代と呼ぶのだろうか。
「静かな退職」という言葉がある。これは退職ではなく、最低限の業務にとどめ、仕事への過度な関与を避け、ワークライフバランスを重視する働き方を指す。英語では「Quiet Quitting」と呼ばれ、Zaid KhanがTikTokで発信したことをきっかけに広まったとされる。先の三つの事例も、この働き方と捉えれば理解できなくもない。しかし、仕事への関与を抑え、ワークライフバランスを優先する姿勢は、私には「現実逃避」に映る。人の価値は、困難な局面で踏ん張れるかどうかで形づくられる。その経験の積み重ねこそが重要ではないだろうか。
私は私立中学受験で第一志望に合格できなかった。合格発表の掲示板を前に、受験番号のわずかな違いが結果を分ける現実を知った。一見すれば数字一つの差だが、その背後には努力の積み重ねの差があったと思う。恩師の高島陽先生は「仕事と結婚は好き嫌いでしっかり選べ」と教えてくださった。もっとも、仕事は続けるうちに好きになることもある。私自身、卒業当時は運送会社の経営に携わるとは思っておらず、最初の二十年はつまらないと感じていたかもしれない。それでも課題に向き合い踏ん張る中で、メタル便に出会いいつしか仕事が趣味になっていた。「静かな退職」を理由に仕事への関与を弱める働き方は、やはり私には「現実逃避」に見える。それは仕事に限らず、趣味や家庭生活においても現実逃避してないだろうか。